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2006年11月11日 (土)

機動警察パトレイバー

題名:機動警察パトレイバー
   ビデオアニメの出世頭

■総勢73本のお化けシリーズ

 まず時系列的にアニメ版『パトレイバー』の歩みを追うと、以下のようになる。
(1)ビデオアニメ時代
 1988年4月押井守監督でリリース開始。12月に全6本で終了。その後、劇場映画公開直前に7本目が1989年6月にリリース(これのみ吉永尚之監督)。
(2)劇場アニメ1作目
 1989年7月に公開(押井守監督作品)。ウィルスを使ったハイテク犯罪、リアルな描写が話題に。
(3)テレビ時代
 1989年10月より日本テレビ系で放映(吉永尚之監督)。1990年9月に全48本の放映を終了。
(4)ビデオアニメ第2期
 1990年11月より毎月テレビシリーズがビデオパッケージとして刊行。テレビ3話に対してOVA1話の比率で、テレビの続編が新作にてバンドリング(吉永尚之監督)。全16話で、1992年4月に終了。
(5)劇場アニメ2作目
 1993年8月に公開(押井守監督作品)。東京に戦争状況をもたらす疑似クーデターを扱った。
 すごい作品数だ。総勢73本にものぼる作品がつくられていることがわかる。しかも、ビデオ・テレビ・劇場の3メディアにわたって各々がヒット。他に例のない一種のお化けシリーズと言える。
 本稿ではこの驚きの「パトレイバー・シリーズ」を、個々の作品の内容にはあまり深く立ち入らず、現在の視点でもう一度全体を振り返ってみることとしたい。

■マルチメディアの申し子

 「マルチメディア」は、ひとと状況によって定義が異なる玉虫色でカメレオンな言葉だ。『機動警察パトレイバー』は、アニメ的マルチメディアにうまく乗り、出世に次ぐ出世を繰り返した作品としてまず記憶されている。アニメの作品内容以前に、オリジナル・ビデオ・アニメ(以下OVA)の3種のメディアでビジネスとしてきちんと成功し、後の作品企画のプロトタイプにも使われたことが、その感を強くしている。
 この作品の始動と思われるのは1986年。マンガ家ゆうきまさみが友人のアニメ・クリエイター(主としてメカデザイナー)出渕裕と企画したものが出発点だ。雑誌にも高田明美によるキャラクターのプロトタイプが掲載、脚本家の伊藤和典によるプロットと進む。1987年前半に聞いた噂は、「6人の監督がそれぞれの持ち味で演出する連作シリーズ」だった。ゆえに、押井守が監督として決まったのは最後のはずだ。
 当時、OVAは一種の行きづまりを見せていた。主流は1時間前後の尺で、作画や演出の質もテレビアニメ以上劇場アニメ以下と、はっきり言えば中途半端だった。玩具を売らなくて良いからと企画や設定は逆に放漫になり、意味不明な作品をアニメファンだからという理由だけでガマンしてたくさん観た記憶が残っている。サポート体制もないままに若手に現場を仕切らせ崩壊寸前、という話もよくあった。だから経験豊富な予算含めコントロール可能な人材として、押井監督は期待されたのではないか。
 『機動警察パトレイバー』のマスコミへの露出は1988年春、少年サンデー誌上でゆうきまさみのコミック版掲載が最初だ。タイミングを合わせてビデオ版が30分4800円というブロックバスターで発売、この価格戦略も大きく取りざたされた。全6話という、テレビ放映の1クール(13本)の約半分というフォーマットも画期的で、やがて業界のデファクト・スタンダードになっていく。
 押井守監督の手腕は確かだった。ビデオ初期作品ではイングラムもほとんど動かず、活劇としての魅力には乏しいが、それをフィルム構成とダイアローグで押し切った。「4800円で買うアニメはこんな感じ」という顧客の期待値は満たされ、その上に押井監督独自のこだわりがある「おじさんたちのクーデター話」もきちんと成立。結果的に押井監督の作家性を再認識させ、映画版2本につながる道を拓いた。
 コミックとビデオの相乗効果で、大ヒット。先に挙げた、ゆうき・出渕・高田・伊藤・押井の5人はヘッドギアというクリエイター・ユニットを結成、雑誌や広告を飾るスターとなった。

■パトレイバーの基本設定

 1990年代後半、産業用機械ロボット「レイバー」が工事土木関係を中心に流行、同時にレイバーを使った犯罪も続発した。警視庁は特殊車両二課、通称「パトレイバー」を設置してこれに対抗した…。
 パトレイバーの基本設定は、こうだ。
 特車二課は、第一小隊、第二小隊から構成。主人公はレイバー好きで第二小隊に配属された女性隊員、泉野明。パートナーは、レイバー産業界の大物を父に持つ篠原遊馬。これに大男だが優しい性格の山崎、すぐ銃を撃ちたがる太田、恐妻家の進士を加えた合計5名が主力隊員だ。統括する後藤隊長は切れ者すぎて上層部からにらまれ、特車二課も埋め立て地のうらぶれた風景の中に設置され、警察のプロパガンダに使われてるがお荷物扱い、という点が異様にリアリティがある。
 出渕裕による主役メカ「イングラム」のデザインは、ヒーローロボット的な頭部とプロポーションでカッコ良い。だが色はパトカーと同じ黒白のツートーンで胸には桜の代紋、肩は回転式パトライトと、キャラクターとしても実に際だっていた。
 パトレイバーのヒットが続いた理由は、キャラクターや世界観など骨組みに相当する要素がしっかりと自立していたことが最大のものである。初期ビデオアニメは爆弾テロ、怪談ミステリー、怪獣もの、ポリティカル・フィクションとバリエーション豊かだ。これも確実な枠組みに支えられ、「なんでも飲み込める」と、間口を拡げた結果が出た。
 コミック版とアニメ版ではキャラクターの性格づけや描写の比重が微妙に違う。6人目のキャラクター香貫花クランシーや、押井組の常駐俳優、千葉繁をモデルにしたシバ・シゲオを中心にした整備班の面々の比重がコミックでは軽い。こんな違いも、発展していくうちにバリエーションとして認識され、全体で「パトレイバー」というひとつのシリーズとしての枠組みの中に飲み込まれていく。
 これも基礎工事が絶妙であることの証左だ。80年代後半のトップ・クリエイターたちが心血を注いで構築したものだから、当然と言えば当然である。
 それが本作品の非常に面白い点である。

■時代を先取りした予見的作品

 2000年2月18日の新聞に驚くべき記事が載った。中央官庁のホームページハッキングにともない、「警視庁は、不正アクセスやサイバーテロなどの発生時に現場に出動する専門家チーム『サイバーフォース』を設置する」(朝日新聞朝刊より引用)ということだ。この瞬間、「ごーん!ご・ごんごーん!」と川井憲次の音楽が耳元で鳴り、千葉繁の声色で記事を音読してしまったのは私だけではあるまい。記者がわざと行ったのか、あまりにも『機動警察パトレイバー』のイントロ・ナレーションに似ていたのだ。
 パトレイバーの時代設定は1999年。作品の初出は、1988年。12年が過ぎて、ついに実年代が設定年代を追い越し、本当に警察が似たような動きを始めてしまった。もちろん、都心にロボットが闊歩する時代が来るとは誰も思っていなかった。「レイバー」という設定は、ガンダム以降に流行したリアル系巨大ロボットを成立させるための「お約束」という自覚は送り手も受け手もしっかり持っていた。さまざまな事件に遭遇し解決する連作物語を成立させるのに、警察と犯罪という枠組みが欲しかったということだ。
 「実年代の入った近未来」「超科学などの飛躍した設定の排除」は、あまり類を見ない勇気あるセッティングなのだ。酷を承知で結果論的に言えば、「去年・今年の話」としていま再見したとき、いちばん違和感あることは巨大ロボットではなく、「なぜ携帯電話やインターネットを使わない?」という疑問だったりする。それくらい近未来という設定は、陳腐化の危険性に満ちているのだ。
 逆に言えば、困難に挑戦したことで現実に密着した問題意識が持てたこともパトレイバーの懐を深くした。映画版1作目ではハイテク犯罪のウィルスによる犯罪という、正確で予見的なテーマが扱われているし、2作目では携帯電話を代表とする通信網も小道具として機能するようになっている。

■パトレイバー・アゲイン

 まとめると、キャラクター構造と世界観が強固で、バラエティに富んだプロットをぶつけ、コンテンポラリな問題意識も盛り込めることが、『パトレイバー』の最大の強みと言える。
 一方、この作品が『うる星やつら』などの永劫回帰的な作品に比べて不利な点は、まさにパトレイバーの強みが諸刃の剣として出た部分だ。現実に流れる時間が、シリーズとして続けているうちに、作品内のキャラと世界観に大きく作用してしまうのだ。実年代と実世界をベースにしているため、携帯電話のように、なまじの技術描写は陳腐化のおそれがある。キャラクターにも成長への問題意識が芽生える。映画版2作目では、この作品内世界と現実とのきしみを精算し、ピリオドを打とうとした形跡があった。クレバーな人材が集まって作られたシリーズだから、ヒットを始めたときから、いつか卒業の日が来るのは判っていたことだろう。
 だが『パトレイバー』の世界は、終わらせてしまうには、少々惜しい。キャラと世界が育ってしまったのなら、さらに近未来にして新規に仕切直しの方法論もあるだろう。実際に、90年代も末期に近づいて、劇場アニメの3作目が鋭意制作中と報道、予告編も公開された。とり・みきが脚本を担当、従来のキャラクターから離れて、スタッフ的にも違った布陣での新作が準備中なのだという。
 現実世界が2000年の節目を迎えて、変わっていくところ、変わってはいかないところは、そろそろ判ってきたはずだ。常に「近未来」とのの距離感と相対関係を射程に置いて「現在」を逆照射する作品づくりもふたたび可能になる好機到来ではないか。
 あの頃と同じ『パトレイバー』のキャラや作品をもう一度見たいのではない。あのような志や方法論に導かれた新しい作品が、また観てみたい。その確認のために作品を再見するのも一興ではないだろうか。
【初出:双葉社ムック 脱稿:2000.02.20】

※以下の2パッケージには別途解説を提供しています。また、この記事は3本目の劇場映画『WXIII機動警察パトレイバー』の製作前に書かれたものです。

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