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2006年11月 9日 (木)

「20年目のザンボット3」単行本企画書

企画書(案)  氷川竜介
                                                     注:非公開資料

<ザンボット3とは何か?>

 時に1977年。
 後にアニメ雑誌の元祖となる「月刊OUT」から端を発した「宇宙戦艦ヤマト」は夏の劇場版公開をピークに大ブームを起こしていた。アニメそのものがブレイクし始めたのだ。
 青年層に「アニメファン」という意識が初めて生まれ、社会的にも認識されたこの年の秋。
 1本のロボットアニメが誕生した。
 「無敵超人ザンボット3」である。
 ヤマト以降、下請け作品ながら着実な品質を提供し、ファンの信頼を勝ち得ていたプロダクション、日本サンライズ(現サンライズ)。
 その元請け作品の第1作だ。
 名古屋テレビをキー局に、クローバーという玩具メーカーをスポンサーにした初の作品。それまでのロボットアニメに比較してマイナー色は強いが、その輝きは時を経ても褪せることがない。
 「ザンボット3」と聞いただけで、あの熱い時代の原点を想起し、涙を浮かべる。遠く来た道を振り返り、ふと立ち止まらせるものが、この作品にはある。
 一見、普通のロボットアニメに見えるこの作品が、なぜ20年の時を超えて訴えかけるものがあるのだろうか?

<機動戦士ガンダムへの道>

 総監督は富野由悠季。キャラクターデザインは安彦良和。
 その他後に「機動戦士ガンダム」を生み出すスタッフが数多く参加している。
 というか、「ザンボット3」「ダイターン3」と富野監督作品が続けて制作され、ビジネス的にも作品的にも手応えがあってこそ生まれたのが「ガンダム」なのだ。
 「ザンボット3」がなければ「ガンダム」以降の作品もまったく違ったものとなっていただろう。

<ザンボット3の特長>

 3つのメカが合体して巨大なロボットになり、敵の怪獣を倒す。
 それまでのヒーローロボットと何ら変わることない基本設定のこの作品は、それまでタブーとされていたいくつかのことに挑戦した。
 主人公側の正義にクエスチョンマークをつけたこと。
 巨大なメカが戦闘をすれば、街は焼け人間が死ぬ。
 戦闘に巻き込まれた地域は被災地になり、家族が離散する。
 「ザンボット3」では、それまであまりに記号的に扱われ無視されていたロボット戦闘の被害を逆手にとった。外敵・ガイゾックと戦う主人公たちが、戦闘の責任を問われ非難され、その逆境の中でも地球を守るために戦い続けなければならない、といった異常な、しかし現実感の強い事態を描き出した。
 敵の攻撃も、人間爆弾作戦から一気にテンションがアップ。焼け出された上に捕虜になった人々は背中に爆弾を埋め込まれ、被害を拡大させる。それどころか、主人公の友人たちまでがその犠牲になる。しかも、死の恐怖に絶叫し、助けを請うまま爆死する瞬間を真っ正面からとらえるという凄惨な光景、そこから目をそらさない真摯な演出に、成長ざかりのアニメファンたちは大きな衝撃と感銘を受けた。
 博士がいて基地があり、という基本型を継承した「神ファミリー」、家族で構成された主人公チーム。主人公・勝平の血路を開くために、一人また一人と犠牲になり、散って行く。極限状態の中で家族のあり方、その問いかけが痛烈に胸を打つ。
 最終回、主役メカまで破壊され、祖母を、父を、ともに戦った従兄弟たちを失う勝平。その前に現れた敵ガイゾックの本体は、冷厳な事実を告げる。
 地球に悪意が満ちた。だからガイゾックは滅ぼしに来たのだと。
 宇宙全体に取って害になるものを排除するコンピューター・ドール、それがガイゾックだった。
 自らの正義を、戦う意味すら喪失し、地上にロボットごと落下した勝平--その目覚めの感動的なシーンで物語は終わる。
 勝平の少年期特有の精神状態、心の震幅。出口のない焦燥感、果てしない喪失感、しかしそれと引き換えに手に入れたもの--少年との訣別。これもまた大きな見所だ。

<金田伊功の戦闘シーン>

 「ザンボット3」は低予算アニメで、作画の品質は全般にあまり芳しくない。
 その中でアニメファンの度肝を抜いたのが、後にスペシャル・エフェクトの第一人者としてアニメの戦闘シーン作画技法を塗り替える金田伊功の超絶的にパワフルな戦闘シーンだ。
 タメと解放のメリハリあるアクション、パースのきいた空間に、ほとばしる光線。異様にカッコ良いその作画は、大きな話題となった。

<すべてはここから始まった>

 以上、述べたように、20年間のアニメの歩みは「ザンボット3」から始まったといっても過言でない。
 20周年の今年、LD化で容易に再見のチャンスが来たタイミングで、作品そのものの鑑賞だけにとどまらず、ザンボット現象、ザンボットの位置づけ、ザンボットに燃えた日々の思い出などを副読本として振り返ることは、意味のあることと確信する。
                               以上
【未発表原稿:1997年2月執筆】

※太田出版に提出した単行本の企画書。この本を書いてからもうすぐ10年になるが、あらためて再読してみると、ここで書いてることが現在のすべての原点だとよくわかり、身が引き締まる。CD、DVDと関わることができたのも幸せだが、そこに留まらず、このときの自分に恥ずかしくないよう生きていきたいものだ。……という自分への「お札」(自戒)の意味もこめて、あえて非公開資料を掲載。

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