2006年11月 9日 (木)

映画『デスノート』

 映画『デスノート』(金子修介監督)を観ました。

 特に原作の熱心なファンというわけではないこともあって、これはこれで良いんではないかと感じ、またいろいろなことを考えさせられました。
 名前を書いただけで他人を死なせる、殺害の罪悪感なしに人を処分できるデスノートのパワーを得たものは、正しい行為だという信念を持ちつつも、その正しさを根拠にした害意を芽生えさせる。そんな物語です。いや、芽生えるというと、無から有ができるようにも聞こえる可能性が残りますね。害意は「個人を基準にした正しさ」を種にして肥大するという風に描かれているわけで、最初からそれは人の中にある「個の正しさ」と同じものなんだよという構造をもつお話なわけです。
 その「オレ的正しさ」が、普通は他者や、他者の集積である社会とぶつかり、どこかでパワーの均衡が取れるわけなんですが、そのバランスが崩れたらどうなるかというお話でもある……。
 まあ、フィクションなので「ああ、あいつはバカだね」で終わってもいいんですが、あんまり他人事ではない、今の社会につながってる感じがつきまとうので、映画が終わっても残るものがあります。たとえば「パワーを持つ」ということに関して言えば、匿名でネットに気ままに放言するということなども、本質的にはデスノートと同じパワーがあるわけです。
 何度か匿名で誰かに「死」を掲示板で宣告することが問題になってますが、デスノートと違うのは「確実かそうでないか」という点だけでしょう。その言葉が他者に何らかの害や死につながる負の作用をもたらすという点では、本質は同じなんですよ。むしろ不確実だからということを隠れ蓑にして、「だから、そういう悪意を他者にぶつけてもいいんだ」という発想を招く分だけ、タチが悪いとも言える。実際、映画中のマスコミ(TV局)も、そうしたタチの悪さに隠れて公正中立を忘れてキラに加担したりしてるわけで。
 人間は個としては愚かだし、だから衆としての叡智をもとうとしているのだと思います。でも、愚かな個の口にネットというスピーカーが装着されることもあり、携帯という個に寄りすぎのツールで個が肥大しすぎる時代、どうやって適正なバランスを取り戻すのかという、そんな寓話としても観られるのかなと。

 前編は見逃していたのですが、割と短い時間差で前編・後編と続けて観ることができて、かえって良かった感じです。千円興行というからめ手にもヤラれてしまいました(笑)。頭の良い掟破りの作品だけに、上映中に一部をTVオンエアする、直前に前編をオンエアする、小屋にも廉価でかける、ともかく「あの手この手」で製作側が知恵を絞っているところに好感がもてました。
 「デスノートという優良コンテンツがございまして」ではなく、「今はこれを観てほしい!」という熱意が感じられるのは良いことだし、結局そういうことから始めるしかない。さっき言ったような寓意と底がつながった熱意でもあるなら、なおのこと漫画よりも多くの人が観られる映画という媒体になることには意味があるのではないでしょうか。
 何にせよ、「個としての正しさが拡大した害意」に対抗できるものは、「衆としての叡智」だけなのですから……。

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2006年11月 1日 (水)

スネーク・フライト

 映画の日なので川崎チネチッタで観てきました。妙に混んでました。サミュエル・L・ジャクソンのあのCMの名台詞を聞いたら、そりゃ来るよな(笑)。
 試写状が何度か来てて、そのときから「すげー企画だ(笑)」と大喜びしてたんです。行き損なったら、あのCMですよ。だって、映画って日本で言えば「見せ物小屋のヘビ娘」とか「六尺の大イタチ」の子孫なので。深い映画もいいが、下世話な映画はもっと好き。
 ちなみに、この手の映画ジャンルは何と言うでしょうか? SF? ファンタジー? サスペンス? ホラー? 動物もの? パニック? 最後はちょっと近い。正解は「アニマル・パニック」と言います。ちょっと所用があって、自分では絶対に観ないタイプの映画『アナコンダ』のDVDを、「どこだ?どこだ?」と棚を捜しまわったときに先のタグを全部回って発見できず、隅っこで見つけたときにはポン!と膝を打ちましたよ。
 で、そのジャンルの映画ですと言えば、説明完了。ストーリー的な予想は裏切っても期待はまったく裏切らない。やるべきことは全部やってくれる。たとえば「戒律を犯す者」のたどる運命などホラー映画的で実に教科書どおりだけど、それもまた良し。さらに突っ込みどころもいくつか用意しているような、サービス精神行き届いた映画です。「数千匹は多すぎだろう!」とかね。
 まあ、マニアなツッコミを入れておくと、エイリアン4的なヘビ主観映像はどうなのよとか、本編中で機内大騒ぎの最中に「へー、あのCMは明度や口パクのタイミングをデジタルでいじってあったのかな」と妙に冷静なことを考えたりとか、そういうとこはあります。頭の片隅で『名探偵コナン』の劇場映画を思い出したり。飛行機パニック映画的文脈もアリアリです。
 あ、ってことは「機内上映禁止」ですね。前に『イレイザー』を機内上映(確かハイエイトだった)で観たとき、シュワルツネッガーが小型飛行機の内部で大暴れしてエンジン破壊して脱出するところが妙にカットされてて、何度も巻き戻したのを思い出しちゃいました。
 どんどん話がそれていきますが、サミュエル・L・ジャクソン、実は来日したときの某パーティーで至近距離にてご尊顔を拝見したことがあります。さすがに話しかけられませんでしたが。ドレスコードは和装でした。妙にそのときのことも回想が浮かんだりして。

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2006年10月28日 (土)

新SOS大東京探検隊

 27日(金)六本木ヒルズで『新SOS大東京探検隊』の完成上映を拝見しました。

新SOS大東京探検隊
監督:高木真司
声の出演:小林沙苗/矢島晶子
Story/かつて東京の地下迷宮を探検した明泰小学校の4人組。あの大冒険から数十年の歳月を経た21世紀。残された地図を頼りに、再び地下迷宮を目指す少年たちが現れる。果たして彼らの行く手には何が待ち受けているのか―。(上映情報より引用)

 高木真司(監督)、小原秀一(作画監督)、百瀬慶一(音響監督)、池頼広(音楽)各氏の舞台挨拶つき。大友克洋の短編を約40分のアニメーションにしたものですが、『スチームボーイ』を経たスタッフたちの本作での挑戦は、全編をフル3DCGで制作したという点です。すでに『アップルシード』などの前例がありますが、子どもらしく頬に赤い質感を加え、また基本的に手づけで演技をさせたという点で、だいぶ手ざわりが違う映像が楽しめます。

 マンホールの中を探検して宝探しをするという、子ども時代の夢。地底の中には本当に驚くべきものが詰まっているという雑多な感じが良かったです。ちょっとしたことが積み重なって、だんだんカタストロフへ向かうあたり、大友さんのテイストも良く出てました。

 一般公開や発売の予定はこれからだそうです。日曜日にはメイキングの講演もあるので、またレポートします。原作単行本は以下。

SOS大東京探検隊

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2006年10月 4日 (水)

ライオン丸G

 日曜深夜にテレビ東京でオンエア中の特撮番組。10月1日からスタート。

 新宿歌舞伎町を舞台に、リメイク。主人公の獅子丸をダメなホストに設定し、コメディ調で進行する。とっても深夜番組らしい企画だなと思いました。

 オリジナルの方に深い思い入れのある方は怒るかもしれないですが、TVのチャンネルを回したら、とんでもないものやってた、信じられない!感がよく出ているので、割と好感もってます。とりあえず変身したところまでで第1話が終わったので、もう何回かは観る予定。

http://www.starchild.co.jp/special/lion-marug/

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2006年9月30日 (土)

試写会「トップをねらえ!合体劇場版!!」

 拝見しました。会場もほぼ満員で、熱気ありました。

 パート1はすでに何回観たかわからないのですが、要領よく一番好きなパートへ持っていっているので、これはこれでアリかなと。5話ラストに相当するところ、コーチの微笑みで何だかぐっと来ちゃいました。

 確かに新緑の声優さん、特に主役2名がけっこう良い感じです。その後、ゲーム等で何度か演じられていることもあるんでしょうね。

 パート2も仕事で観てるのですが、こちらは意外にもと言っては失礼ですが、編集後の流れが映画っぽくて良かったです。2~3話を端折った代わりにけっこう新作が入っているのですが、これが全編作り終えてからのもののせいか、情感というか風情がありました。

 あと、物語の転機になる第4話相当の変動重力源ですが、スクリーン観て思いだしたのが、白箱で観たっきりDVDで見直すのを忘れていたことです(笑)。まあそれをさしおいても、大スクリーンに展開するバトル、バトル、またバトルで危うし! ってのは、やっぱりいいですね。それと音響がすごく細やかです。はっとする箇所もいくつか。

 全体についてはパンフで書いたとおりで、時間をぎゅっと圧縮することで、1と2が韻を踏んでるところとか、伏線めいた台詞がすぐ何のことだかわかるところとか、すごくいい感じ。2は「明るい話」という印象があったんですが、けっこうこれはこれで「切ない話」なんだという確認もありました。ラルクの一人称語りにしているせいもあるんですが。

 サイトを見ると全国展開もあるようなので、お時間のある方は、ぜひどうぞ。

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