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2006年11月26日 (日)

オーディオコメンタリーの日米格差

 昨日の茶飲み話ですこし出た話題です。

 『007シリーズ』がアルティメット・エディションで発売。ボンドといえば若山弦蔵の世代ですから初の日本語版収録が興味津々で、『ゴールドフィンガー』をまず買ってみようかなと思ったわけです。同じコト考えた人が多かったらしく、若山版の初期作だけが在庫僅少になってて焦ったこともあったりして。
 で、さっそくチラリと試写をしたわけですが、若山音声で字幕はコレかなと当てずっぽうでやったらコメンタリーの字幕が出てきて、「日本語音声に解説字幕」という本来ではない組み合わせがなかなか良かったんですね。
 ボンドが真剣な声でエージェントと打ち合わせかなんかしてると、「主役がなかなかブッキングできなくて、この撮影は苦労したんだ」とか「ホテルで役者が1ドル札を落として、親切な人が声をかけたけど無視されて怒ったんだよ。立ち止まるとリテイクになるから」なんて裏話が出るのは、まあ初見の映画なら問題あるけど、再三観たのだとなかなか新鮮だったというわけで。

 それで、日本のDVDもなんでこういう風にならないのかなーと思ったわけですね。いや、提案したこともあったんですよ。字幕解説をオーバーレイできるようなものを。何の作品だったか、なぜダメになったか忘れましたが。また、これだけ製品があるので、やってる作品もあるとは思いますが。
 実現したのは『プラネテス』で、これは結局は解説字幕の方にジャンプするという仕様になったので、ちょっと違うんです。『踊る大捜査線』のものもちょっと参考にしたんだったか。

 で、いろいろ思い出してきたんですが、日米(007は英国?)での格差があるのは、コメンタリーの役割が根底からちょっと違うんですよね。米国のコメンタリーはクライテリオンという会社のレーザーディスクが発端のはずです。これは研究者や映画学校の学生向けの資料提供という目的なんだそうです。
 ですから、監督の他にも撮影監督や美術スタッフなどが呼ばれ、明らかに話の内容も仕込んできて非常に専門的なことを言うんです。『エイリアン』ではリドリー・スコットが卵の割れる瞬間までの段取りで、精肉店で新鮮な肉を買ったとか、ここは上下逆転で自分の手が入っているとか、レーザー光で煙を水平に切ったような効果を出しているとか、すさまじい密度でメイキングを語ってました。
 監督でなくても、みんな必ず専門的なことを語るんですね。『ホロウマン』じゃねえや邦題『インビジブル』ではジェリー・ゴールドスミスの音楽トラックを聴くつもりが、素になってるところに「ハロー、ジェリー・ゴールドスミスです」って本人の声が入っていて度肝を抜かれましたが(たいていの商品は素になったまま)、「ここはバーホーベンのこういう神話的な意図があって、こんな曲想で書いたんだ」とか語る語る。
 ジョージ・パル版の『宇宙戦争』ではジョー・ダンテ監督の司会で、評論家2名が当時の映画的な背景やセットのサイズ、スタッフの陣容とか、細かいことを語りっぱなし。
 いやホントになかなかじっくり聞ける時間が足りないのが悔しいくらい、必ず聞いただけの価値はあるというくらい充実してるんですよ、米盤は。それは、向こうは「映画の国」であって産業として厚みがあるので、そういう内容を入れてもリテラシーが高いから、活用するユーザーがいっぱいいるという証左なんだと気づいて、強烈に問題意識も高まったわけです。

 まあ日本の場合は、だいたいは「賑やかし」なんです。アニメのことをマジメに語っても仕方がないじゃんというか。そもそも言語化できないのかもしれないから、まあ、それはそれでいいし、中には「この監督と酒場で呑んだとして、どうせ聞く一方なら、そのバーチャル飲み代と思えばいいか」というくらい、楽しい雰囲気のもあるんですが。

 でも、なんか圧倒的な国力というか彼我戦力差というか、「映像を支える底力」なんてのを感じちゃうのも事実。まあ、それだけ「これからの仕事がある」という前向きな見方もできるんですけどね。何にせよ、「リテラシーを高めて映画、アニメを観ると面白いんだ」ということの普及が先なのかなあ……。

※『エイリアン』『インビジブル』は種類がありすぎで、どれかわからなくなりました。店頭でコメンタリー、音楽トラックの有無をご確認ください。

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